マリアベルとリズ




 陽光はほどよく大地を温めていた。
 こんな時はよく籠を持って友と、野山へ出かけたものだとマリアベルは懐かしむ思いで空を仰ぐ。

 当然ながら、戦時中、しかも行軍中でそれは叶わない。せいぜい、駐留中に恩賜の茶葉を嗜む程度であった―――が、軍に在籍している商人が変わった菓子を入荷したために、マリアベルの心も、幾分かは故郷のテミス領へと戻っていた。思わず、親友を呼んだほどだ。

「へえ、これが」
 リズはマリアベルがアンナから買ったという箱をのぞき込む。大きな瞳は、好奇心にきらめいていた。
「あ…っ、本当にほそーい。針みたい」
「噂通りね。どんな職人が焼いているのかしら」
 箱からつまみ上げ、眼前に掲げ、二人共じっとそれを眺める。ふわりとバターの良い香りもさながら、やはりリズも、マリアベルも焼き菓子の細さに嘆息せずにはいられない。
「さあ、リズ、召し上がってご覧なさいな」
 マリアベルに促され、リズは焼き菓子の先端を齧る。
 今まで食べた焼き菓子にはない風味に、リズは目を丸くさせる。
「マリアベル!これ美味しいよ!」
 感動に染まる顔に、マリアベルは思わず目を細める。
 リズの表情を見れば、これが美味かそうでないかは一目瞭然であった。ほら、食べてみてよ、と呼ばれたのはリズの方であるのに、マリアベルに勧めるところも彼女らしい。
 
 そんなリズには慣れているのか、さして何も言わず、マリアベルは勧められるがままに焼き菓子を一口。箱を開けた時と同じバターの良い香りに加え、絶妙な塩。伯爵家に生まれたがゆえに若くして珍しい品々を多く味わってきたマリアベルとて、初めての風味ではあった。紅茶にも良く合う。口を押さえてじっくりと味わっていると、「美味しいよね」とリズの声が陶然と響く。声同様、うっとりとした瞳に、長いまつ毛を翳らせながら。

「そう言えば……」
 マリアベルは、箱からもう一本焼き菓子を取り出す。が、すぐには口に入れず、ついとつまみ上げて先端へと視線を遣る。
「小耳に挟んだのですけれど、この焼き菓子を好きな方と端から齧り合ってお互いの仲をさらに深めるのだとか」
「ええっ?」
 案の定、リズは目を丸くし、大げさなまでに声を上げた。恐らく、彼女の脳裏には、マリアベルが今思い描いた姿と同じものが浮かんでいるのだろう。マリアベルは人知れず小さくため息を吐いた。

「"あの方"とは相変わらずですの?」
 そう投げかけると、先刻までの高揚はすっかりしょげ落ちた様子で、うん、と小さく漏れ出した。
 二人の仲は公然の秘密である。が、”観衆”が黙然としようがしまいが、リズが王族であるゆえか、それとも相手の性格か、距離が一向に縮まる気配はない。
「せっかくの機会ですわ。"あの方"を誘ってご覧なさいな」
「ええーっそんなことっ!」
 できるわけが、という言葉と共にがたんと派手に椅子が動く。
 マリアベルは意地悪そうに頬を上げた。目の前の親友が、愛らしいかんばせを赤らめ、この焼き菓子の端を加えている姿を想像してみたからだ。その先には、きっと"あの方"がいるのだろう。そして、親友も同じ光景を脳裏に浮かばせたに違いない。

 アンナが仕入れたこの焼き菓子は、天馬が駆けるような速さで軍に広まっているらしい。彼も手に入れている可能性だって充分にあるのだが。

 早くしないと、この"端"はわたくしが頂いてしまいますわよ―――

 まだ頬を赤らめている親友に、焼き菓子の先端をさり気なく向けた。
 リズと、その想い人とのもどかしい関係を、自分がどんな気持ちで眺めているのか。この二人は考えもつかないのだろう。
 

15/04/04 Back Next