いつか来る日

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 夜になって、雪が降っていた。月の光が、きらきらと真っ白に跳ね返っているのはよく覚えている。
 まともに暖どころか明かりもなく、まして体を覆う毛布すらなかった。それでも壁にもたれて膝を抱えながら白い明かりを見ていた。

 月明かりは、神様が我々を照らして下さっているのだよ。
 この明かりに包まれていれば、どんなに寒くてもよい夢を見られるはずだから。

 いつかだったか、神父様にこの耐えられない寒さを訴えたら、優しくこう諭された。その日以来、わたしはこの暖かくもない光に毎晩祈った。

 早くお父様とお母様がわたしを迎えに来てくれますように。

 豊かな国、そうだエトルリア。エトルリアから豪奢な馬車がこのオンボロの教会へやって来て、綺麗な服を着た、美しい金色の髪を持ったお父様とお母様がわたしを迎えに来るの。

 可愛いセーラ、私たちの可愛い娘。今まで辛い思いをさせたね。でもこれからは私たちと共にエトルリアで幸せに暮らそう。

 そう言ってわたしを抱きしめてくれるの。
 その日を信じてわたしは何日も、何ヶ月も、何年も待った。でも、この穴だらけの教会の施設に停まった馬車は、立派だけどきらきらした飾りなんて一つも見当たらなかった。それに、降りて来たのは、蒼い髪の顔に大きな傷跡のあるとても大柄な男の人だった。その人も上質の服(少なくともわたしの周りにいる人たちよりかは)を着ていたけれど、ずっと思っていたお父様とは全く感じの違う人だった。
 この人は背骨が折れそうなくらい抱きしめて、一度も櫛を通した事のないわたしの頭を撫でてくれた。

「辛かっただろう」
 そう言ってくれた時にはすでにわたし泣いていた。喚きながら、その人の胸に顔を埋めながら、自分が何で泣いているのかわからなかったし、こんなに涙が出るなんて知らなかった。その人は自分の服がわたしの涙と鼻水で汚れるのも気にせずにずっと頭を撫でてくれた。そして、わたしを大きなお城へ連れて行ってくれた。

 正直言って、オスティアは嫌い。

 仕えている侯爵様とか、その弟君はわたしに良くしてくれるし、口煩いけど何かと世話を焼いてくれる人もいる。みんな優しい。だけどみんな、わたしが今までどういう場所で育って来たか知っている。ここではわたしは「エトルリアの貴族の娘」のセーラではいられない。現実が幸せすぎて、いつか迎えに来てくれるお父様とお母様の姿が滲んでしまう。
 わたしは、いつかあのきらびやかな国へ帰る。その日が来る事をエミリーヌ様に祈り続けなければならないのだ。

 



「遅いよ」
「女は支度に時間がかかるのっ。それもわかんないなんてアンタ一生モテないわよ!」
「別にいい。ほらさっと行くよ」
 一ヶ月前、オスティア公爵家直属の教会の遣いで、わたしはエトルリアのエミリーヌ教本部へ赴いた。その帰りに魔道士見習いだと言う少年に出会い、今は帰りの道中の護衛として雇っている。ちょっと、いやかなりネクラで女の扱いなんかなっちゃいなかったけど、なぜかそばにいるのが心地よかった。

「そんな態度取って、後で後悔しても知らないからねっ!」
「何をどうすれば後悔するのかわからないけど、ぼくはさっさとエトルリアに帰りたいんだ。というか、君と別れる事ができるのならどこでもいい」

「言うわねアンタ、エトルリアの貴族に向かって」
「はいはい」
 多分それは、わたしが「エトルリアの貴族の娘」でいられる場所だから。一緒にいてほんの数日で気付いてしまったのだ。たとえ、本人が真に受けていなくとも、少なくとも、彼は知らないのだ。だから、きらびやかな大国からの迎えの馬車は、今も胸の中で鮮やかに走っている。

「ねえ!あそこで何か騒がしいわよ!」
「もう面倒事に首を突っ込まないでくれ……」


「ほら、女の子がいかにもなツラの奴に絡まてるじゃない。これは助けに行かなきゃ!」
「明らかにこっちが数の上で不利って、おい待てよ!」
「大丈夫!エミリーヌ様がついてるからっ!」

 わたしは祈るのだ。いつかその馬車が本当にわたしの前に停まる日を願って。


05/11/15TOP

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