憧れ




「お許し頂けますか」
「―――ええ」

そう応え、右手の甲を差し出せば、温かいものがそっと重なるであろう。
毎日顔を合わせる訳ではないが、事あるごとに行われる忠誠の証に、アルテナは毎度頬が熱くなるのを抑えるのに必死であった。
だから、右手を差し出すのも毎回一瞬だけ戸惑う。

軽く触れただけなのに、それはこんなにも温かく、そして柔らかいものなのかと、初めて彼の唇を受けた時は、どれだけ胸が高鳴ったか。

今では、何気ないレンスター王家の日常風景に近いものであったが、最初ほど心臓の音は大きくはなくとも、完全に慣れ親しんでいる訳ではなかった。
トラキアに、このような風習がなかったのも、アルテナをいつまでも垢抜けない王女にさせた原因でもあるのだが。殊アルテナへ律儀に忠義立てる彼は、アルテナにとって特別な存在でもある。

手の甲で感じる彼の唇は、こんなにも温かいものなのか、柔らかいものなのか。
常に堅い雰囲気の彼からは想像もできない、唯一感じられる彼の生身の肌でもあった。

これはあくまで騎士の主家への忠誠の証。
目の前にいるのが、主家の姫君であるゆえの事。レンスター家の姫でなければ、手の甲にすら触れてはくれなかったのだろう。

否、アルテナが記憶にない昔、まだ生まれて間もなくの幼子の頃は、手の甲へ落とされる唇以外の彼のぬくもりを存分に受けていたというのに。

彼はもう、幼子の頃のようには胸に抱いてくれないのか。
湧き出る寂しさを抑え、アルテナはじっと彼女の目前で伏せられている青い髪を見ていた。

いいや、きっと彼の忠誠心を考えれば、命ずれば如何ようにもなるであろう。命ずれば。しかし主家の血筋を振りかざすのは彼女の望むところではない。ないのだが。

遠い記憶の糸が、ふっとアルテナの脳裏に繋がったのだ。幼い頃、"忠誠の証"を唇に求めた事を。
おぼろげながらも、幼さの残る彼の顔が慌てている容子が浮かび上がった。アルテナは思わず口角を上げる。

「許しましょう。フィン、面を上げて―――」
そう言って瞳を閉じ、つい、と顎を上に上げてみた。
彼の反応を楽しむ自分はどれほど意地が悪いのかと自覚しつつも、止められはしなかった。
「お許し頂けますか」
「―――ええ」

そう応え、右手の甲を差し出せば、温かいものがそっと重なる。
毎日顔を合わせる訳ではないが、事あるごとに行われる忠誠の証に、アルテナは毎度頬が熱くなるのを抑えるのに必死であった。

軽く触れただけなのに、それはこんなにも温かく、そして柔らかいものなのかと、初めて彼の唇を受けた時は、どれだけ胸が高鳴ったか。

今では、何気ないレンスター王家の日常風景に近いものであったが、最初ほど心臓の音は大きくはなくとも、完全に慣れ親しんでいる訳ではなかった。
トラキアに、このような風習がなかったのも、アルテナをいつまでも垢抜けない王女にさせた原因でもあるのだが。殊アルテナへ律儀に忠義立てる彼は、アルテナにとって特別な存在でもある。

手の甲で感じる彼の唇は、こんなにも温かいものなのか、柔らかいものなのか。
常に堅い雰囲気の彼からは想像もできない、唯一感じられる彼の生身の肌でもあった。

これはあくまで騎士の主家への忠誠の証。
目の前にいるのが、主家の姫君であるゆえの事。レンスター家の姫でなければ、手の甲にすら触れてはくれなかったのだろう。

否、アルテナが記憶にない昔、まだ生まれて間もなくの幼子の頃は、手の甲へ落とされる唇以外の彼のぬくもりを存分に受けていたというのに。

彼はもう、幼子の頃のようには胸に抱いてくれないのか。
湧き出る寂しさを抑え、アルテナはじっと彼女の目前で伏せられている青い髪を見ていた。

いいや、きっと彼の忠誠心を考えれば、命ずれば如何ようにもなるであろう。命ずれば。しかし主家の血筋を振りかざすのは彼女の望むところではない。ないのだが。

遠い記憶の糸が、ふっとアルテナの脳裏に繋がったのだ。幼い頃、"忠誠の証"を唇に求めた事を。
おぼろげながらも、幼さの残る彼の顔が慌てている容子が浮かび上がった。アルテナは思わず口角を上げる。

「許しましょう。フィン、面を上げて―――」
そう言って瞳を閉じ、つい、と顎を上に上げてみた。
彼の反応を楽しむ自分はどれほど意地が悪いのかと自覚しつつも、止められはしなかった。




与えられたのは、温かいとか柔らかいとかのレベルじゃなかったり。
15/05/23 Back