おまけ



 そろそろ己の明日の準備をせねばと、野営地へと足を向けた。
 馬や飛竜を停まらせている場所より少し離れた場所に、天馬は繋がれていた。そこへ通りかかった時に、エリンシアの白い鎧が夜に浮かび上がった。天馬の世話をしているのかと思ったが、何かがおかしい。
「……!」
 アイクは息を飲んで駆け付けた。エリンシアの身体が土の上に横たわっているのだ。
「エリンシア!」
 慌てて半身を抱きかかえた瞬間、緊張は一度に吹き飛んだ。
 白磁の頬は月明かりでも血色が良く、何より穏やかな顔で穏やかな呼吸をしていた。
 寝ている。
 さすがのアイクもそれには拍子抜けてしまった。
 「裁きの光」から緊迫した日々が続いていたのだ。ただでさえ、国を治めるという大役を負っているのに、さらに争いが絶えない世界に嘆く女神の鉄槌。疲労しない方がおかしい。
 起こしてしまっては悪い、とよぎり、アイクは抱き上げて近くの立木まで運んだ。天幕まで離れているのだ。それに、もう少しこうしていたいという気も確かにあった。ゆっくりと下ろすと自分も座り、腿の辺りに新緑の髪を預けさせる。
 彼女にこうしてもらった記憶がアイクにはあった。
 その時は、もうクリミアの将軍と呼ばれていたが、アイクの中では傭兵と雇い主だった。その雇い主に膝枕などおかしいが、彼女の好意に甘えて傷だらけの身を預けていた。それが甘い記憶となってゆっくりとアイクの身体を巡った。
 脇に置いた金の袋に腕が辺り、硬貨の音がする。
 まだ一介の傭兵と姫君だった頃が懐かしいのかもしれない。
 きっとこのひと時が、その時に戻れる最後であろう。アイクはそう確信し、新緑の髪に手を当てた。
10/06/11   Back