馬鹿を言う




 ボーレがヨファを泣かせた。
 二人の弟、お互いの言い分はまるであべこべで、現場を見ていない身からは何も言えなかった。ただ、お互いの言い分はあるものの、ボーレの方が引くべきではないかとは思ったが。
 そんな事で泣くなと吐き捨てる声を背中で聞きながら末の弟の頭を撫でる。
 しばらくしたら二人は無邪気に笑いながらじゃれ合っていた。

 ある日、ボーレを叱った。
 ボーレは作戦を無視した末、敵軍に孤立してしまったのだ。
 偶然にも近くにいた小隊の援護で窮地を逃れたらしい。その戦闘が終わった日に、野営地で出くわしたその小隊の兵士からぼやかれたのだ。
 こんな事一度や二度ではなかった。だが、今回ばかりはと弟の頬を張った。いつも小言を漏らしても馬耳東風、心に残らぬさまに苛立ちがあったかもしれない。
 
 わかって欲しい。
 その自分勝手な行動がどれだけの被害を招くか。団員全て、誰もが気心が知れた家族同然の傭兵団とは違う。今は立派な一国の軍隊なのだ。被害の規模も傭兵団の時の比ではない。
 
「だったらおれもそこまでの人間だって事。おれ一人のせいで負けるっつーんなら見捨てればいいさ」
 馬鹿を言うな。

 ある日、ヨファを叱った。
 戦にこうも頻繁に出ていれば(仕方がない。私達は軍隊にいて、今は戦争をしているのだから)躾の事など些細な事に思われてしまうが、私にはそうは思えなかった。
 作った人に失礼だ、今は好き嫌いを言っている程余裕はない、などやはりヨファには理解できないのだろうか。思えばヨファくらいの時、自分はどうだったのだろうか。確かに大人の言う事を全て素直に聞いた覚えはない。だが、何の疑問も持たずに「今」を生きて行く上でも、食物の好き嫌いなど許されなかった。それは「今」ではなく「この瞬間」を生き延びる術を、自ら切り開く事をこの年で選んだヨファにも課せられるはずである。
 他にも言い付けを守らなかったり、悪い言葉を覚えたり。周囲の環境のせいでもあるのだが、それを質すのが自分の役目なのだ。
 しかし、末の弟はそんな私の言葉に口を尖らせて恨めしそうに言うのだ。
 「うるさいよ、お兄ちゃん」
 馬鹿を言うな。

 自分は常に正しい教育者ではない。ましてや人に教えを説ける程人生経験を積んだ訳でもない。まだ「青二才」などと言われる年齢でもあるのは分かっている。
 私は、生きる為に傭兵になった。だが弟たちは、少なくとも私よりも、傭兵という世界の中に、人生の多くを浸していた。その中であっても「人」として生きて欲しい。私は常にそう願っていた。これはグレイル団長の受け売りだが。
 傭兵団も「家族」である。だけど、その中で二人の事を一番に思う存在はこの世界で自分だけなのだ。そう自負させて欲しい。せめて二人が大人になるまで、「今」を生きる二人に代わって「未来」を想い続けさせて欲しい。
 だが、そう強く願う度、私はつぶやく。現実を思い知らされながら。
 「馬鹿を言うな」
 もう、いないのに。  

15/02/11加筆修正   Back