おまけ



 
「あの、アイク様」
 ひと騒ぎからようやく抜け出すと、野次や喧騒などとは無縁の控えめな声が、アイクの背中にかけられる。
「大丈夫でしたか……?」
「ああ、まあ。冗談のつもりだったが」
 そう言って土埃をはたく。すっかり傾いた茜色の日の下で、心配そうに見上げるクリミアの姫の顔があった。
「ところで、姫はどうしたんだ?」
 アイクの声に、エリンシアは慌ててそうでした、と後方を指さした。天幕ではなく、簡素なテーブルと椅子があり、その上にはオスカーの手による料理が並んでいた。
「せっかく狩りにお出になったというのに、食べられなかったと聞いております。ですから」
「いや、確かにあまり食えはしなかったが……」
「わたしなど、狩りにも行っていないのに、新鮮でいい鳥をいただきました。せっかくアイク様がお通りになられたのです。資格のある方が召しあがった方が鳥も報われます」
「エリンシア」
 短く口の中で呟いた。
 この軍の旗印であるからこそ、こういった小さな事でも優遇されてしまう。だが、彼女はそれを良く思ってはいないのだろう。王女だが、限られた世界でしか生きて来なかったゆえに、大勢の人間にかしずかれ、戸惑っている様も何度か目にしてきた。
「そうだな。では姫の言葉に甘えるとするか」
 エリンシアの顔は急に明るくなり、手は引く事はないが、急ぎ手まねきしている。
「さあ、どうぞ」
 椅子に座らせ、ずいと皿をアイクへ押しやった。アイクはナイフとフォーク(先刻アイクが使っていた物とは段違いの高級品だった)でそれを分ける。
「頂くが、半分でいい」
 アイクは―――一応女性のために小さく切り分けた―――鳥肉をエリンシアの口に差し出す。差し出す、と言っても半ば押し込むような形でクリミア王女の口に入れた。エリンシアは目を丸くして口に手を当てた。そして、きっちり半分に分けられた自分の取り分をそのまま頬張った。


10/11/29

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