その絶えぬ光に敬意を表して




 穏やかな午後は、柔らかい陽に包まれていた。この離宮は、帝都シエネの郊外にあるためか、ベグニオン帝国の威風は感じられない。庭園には四季折々の花が咲き、泉から流れる小川が太陽に反射してきらきらと輝いていた。決してシエネでは味わえない、ゆるやかな時が流れていた。
「今年もよう咲いておる」
 自室から伸びるテラスから、自慢の薔薇園を臨みながらサナキは満足そうにほくそ笑んだ。丸い卓にくるりと向き直り、缶の蓋を開ける。それだけで、採れたての茶葉の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「我ながら見事な出来栄えじゃ。こうして、鷺も羽を休めに参るしの、セフェラン」
 目を細めたまま、サナキは黒い翼を持つ青年に顔を向ける。セフェランは苦笑いを浮かべながらサナキに目礼した。二組のカップは既に暖められ、卓の上に置かれていた。
「とても天気が良いので、つい」
 サナキに進められるまま椅子に腰掛ける。小さな音を立てて、急須から若葉色の茶がカップに注がれる。珍しい物を好むサナキらしい、とセフェランはカップを手に取り、その湯気を愉しむ。
 サナキも卓につくと、交わされるのは至って他愛もない世間話だった。決して政治がどうか、国情はどうかなどとは口にしない。サナキがこの離宮で過ごすようになってから、無言のうちに交わした約束だった。


「いかがされました……?」
 サナキの大きな瞳が、じっとセフェランの顔を見上げていた。
「お主はいつまでも変わらぬの」
「いつまでもと言う訳ではありません。私どもも、いつかは終がやってくるのです」
 大きな金の瞳は、自嘲じみに揺れ、庭園のに注がれる木漏れ日に向けられた。
「それでも、わたしから見れば久遠のように思える」
 あからさまに含ませた羨望の色。それにセフェランは驚く。帝国の礎を建て直し、傲慢と尊大が肥大した国を収束し、全ての国と友好関係を結んだ。ここまでやり遂げたサナキは他に何を望んでいるのだろう。
「長年ラグズと顔をつき合わせてきたせいか、何十年も年月を経たのを忘れてしまっていたようじゃ」
 結われた紫の髪を揺らしながら、サナキは吐き捨てるように言った。
「気が付けば、八十をとうに越してしまった。シグルーンも、タニスももういない。あやつら、わたしを遺して立派な墓碑なぞ建おってからに!何が『伝説の聖天馬騎士』じゃ……何がおかしいのじゃ」
 口に手を当てて前かがみ気味になっているセフェランに、サナキは眉根を寄せる。
「『憎まれっ子世にはばかる』とは正にこの事で」
「お主に言われとうないの。お主のような腹の中が真っ黒な輩に、何百年もはびこられて我が子孫も哀れじゃ」
 言いたい事を言い終え、二人は同時に噴き出した。
 姿は老えども、その内なる炎は爛々と燃えている。その火が消えるのはまだ先になるであろう。庭園を彩る鮮やかな赤い薔薇を眺めながら、セフェランはカップを傾けた。

 この小さな主人こそが、ベグニオンに咲く大輪の花なのだと心の中でつぶやきながら。


08/01/29戻る