5 なぜ喧嘩ばかりなのだろう
「おうい、兄さんよう。弟の教育はどうなってんだい」
夕食の片付けをしているオスカーの背中を、酒精と皮肉の混ざった声が呼んだ。直後にボーレの鼻をすする音と、ガトリーの高笑いが食堂に響いた。揶揄された本人は、返事も振り返りもせず、皿を洗う手も止めない。
「もう、放っといてくれよ」
震える声は、誰の耳にも情けなく聞こえる。それは本人も充分に自覚していた。
シノンとガトリーが酒杯を差し出しながら「事の顛末」を求めて来たのを、なぜ振り切れなかったのか。酒の勢いを借り、自らそれを喉から出してしまったのか。ボーレの頭は今、その後悔で一杯だった。
「まったく、下品だよね」
そう呟いたのは、オスカー本人ではなく、彼の末弟だった。
ヨファもオスカー同様、皿を片付ける手をそのままに呆れた溜息をついていた。彼の弓の師の揶揄に対してだけではない事を、オスカーは感じ取る。ヨファは、年と外見を見ればまだ充分に子供なのだが、稼業のせいか言動がひどく大人びて、兄を驚かせる事がしばしばあった。
「そんなんで子供ができるんだったら、ぼくなんてとうに父親だよ」
ああ、末弟は兄が思っている以上に成長しているようだ。
「まあ、でもさ……」
赤ら顔したガトリーは、この上ないほど溶けるように破顔していた。酒精が顔に出やすいのは、仲間の誰もが知っているのだが、今日は特にそう思わせた。
「既成事実ってやつ?」
「……っ!さっきあんたらが散々からかってた癖に……っ!」
「いやいや、だからな」
上気した顔は一度言葉を止め、さらに酒を飲み下す。そして、勢い良く机に杯を戻し、音がせんばかりにボーレに太い指を向けた。
「この機を逃すべからず!」
「はあ?既成事実はどこに行ったんだよ」
舎弟の言わんとしている事を察したシノンが、口の端を上げて酒瓶を傾けていた。
ボーレはシノンとガトリー、交互に見遣ったが、彼らはそれ以上は、口を酒を飲むのに使うだけだった。諦めたように溜息をつき、ボーレは酒を汲み直す。
皆の誤解も、ボーレの思い込みも無事に解けた。
それで万事解決、のはずだったが、ミストの心は晴れずにいた。連日の長雨のせいでもないのは知っている。だが、それもいつもの事だとも。
毎日のように言い争いが絶えない。顔を突き合わす度に喧嘩して、周りを呆れさせ、袂を分かち、そしてまた別の原因で衝突する。この繰り返しだった。つまりは、互いに面と向かって謝ったり仲直りした記憶がないのだ。
次はまた、どんな顔して会えばいいのだろう。
喧嘩する度に、ミストはそう悩むのだ。そして、その悩みを吹き飛ばすようにボーレから喧嘩が売られて、止める間もなく買う自分に辟易している。
馬鹿なのは、自分もなのだと重々知っていた。
だが、今回は完全にボーレが悪い。仲間もそう思っているだろう。こちらから謝る道理はないのだ。だから、ボーレから謝るまで―――
「違う」
と、ミストは首を振った。
そういう処が自分の悪い部分だと自戒する。
「ちょっと、怒り過ぎたんだし……」
そうだ。あそこでもっと冷静に質せば、ボーレもむきにならなかったのではないか。
思い返せば返すほど、ミスト自身にも反省すべき点はいくつもある。
「うん、そうだよね……」
ミストは自室の扉に視線を向けた。
陽はとうに落ち、月も分厚い雲に隠れて伺い知れない。だが、それほど夜も更けてはいないだろう。大きく息を吸い込んで、ミストは寝台から立ち上がった。