09 手を伸ばす
「よっ、ベオクの姫君の側近さん」
青い空に似た色の髪が声の主の方を振り向く。ちょうどフワリ、と小柄な体を大地に付けようとしていた。
「ヤナフ殿。お勤めご苦労様です」
「いや、こんなの朝飯前ってヤツよ」と幼さの残る顔でニッと笑みを見せる。千里まで見渡せるという彼は、この軍の誰よりも偵察の任務が多かった。
「陽が傾いて来たからさ、おれらはもう切り上げるつもりなんだ。あんたは?」
大きな瞳を期待に光らせながらルキノの顔を覗き込む。これで何度目だろう。
「わ、わたしはこれからアイク将軍と軍議がありますので・・・」
困ったような、申し訳ないような表情をヤナフに返す。「そっか」と小さく呟いた顔はひどく似合わないものだった。それは一瞬で、すぐにいつもの明るいヤナフに戻るのだが。
「いつものでっかい樹の所で飲んでるからさ、気が向いたら来てくれよ。な?」
ヤナフは薄茶色の翼を羽ばたかせ、夕暮れに差し掛かった空へと吸い込まれるように飛び立った。
「ヤナフ殿・・・」
ラグズとベオクの親交は前クリミア王の悲願であった。ルキノ自身、その遺志は継ぐべきものと信じてきた。だが、このフェニキスの少年に対してだけはいつの間にか遠慮するようになっていた。屈託ない笑顔、大きな翼、時折みせる大人びた表情。その姿、仕種の全てがルキノの意識を奪っている様で恐ろしかった。こんな感情は持ってはいけないのだ。
小さくなって行く背中に手を伸ばす。黒い影はルキノの手のひらに収まった。
この人にはどこへでも行ける翼がある。私は、地上からその背中をずっと眺めている。
それだけで、いい。