「わたし、ギィさんの事がーーー」
どういう流れでこの言葉が出たのか、本人すらわからない。紡ぎ出される言葉が終わらないうちに、ギィはプリシラの元を飛び出してしまった。夜の森。細い月がわずかな光を放っている。ギィの駆ける音に驚いたのか、梟がばさばさと音を立てて飛び立った。
なぜ逃げるのか、プリシラにはわからなかった。それが迷惑ならば言葉で言えばよい。彼にとってそれほど穢らわしい言葉だったのか。彼で満たされていた胸が痛み出す。今までの仲の良い「旅の仲間」という関係が崩れてしまうのか。
薄い月明かりを頼りに森を進む。恐くないとは言わない。本陣から随分と離れてしまった。しばらく歩くと、朽ちた木々が倒れ、森が開けていた場所に辿り着いた。弱めの月光も、その場所ならサカの少年の背中をはっきりと照らしていた。彼もここへ着いたばかりらしく、走って来た呼吸を整えようと、肩で息をしている。呼び掛けようとして、プリシラはそれを止めた。突然で声をかけたのでは彼が驚いてまた逃げ出すかもしれない。
やがてギィの息が落ち着くと、彼は背を伸ばして月を仰いだ。
夜が明け、出てきた赤い太陽の光
草の上に昇ってきた
その時の草の美しさよりも
おまえの胸についている二、三の釦の方が好きだーーーーーー
短いが、はっきりと旋律になっていた。聞いた事のない歌。恐らく、彼の故郷の歌なのだろう。本当はもっと長いのかもしれない。音が外れているかもしれない。だが、そんな事はプリシラにはどうでもよかった。
「ギィさん」
「わっ!い、いたのかよ・・・」
驚きと羞恥で顔を赤くするギィに構わず、プリシラは近くに歩み寄る。
「今の歌・・・」
「こ、こ、故郷の歌でなっ。そのーーーーー」
後頭部を掻くギィの目線は、定まらない。
「先ほどわたしが言おうとした事と、関係が?」
わかっている答えだが、直接彼の口から聞きたかった。だが、相変わらず赤い顔のギィは、覗き込むようなプリシラの瞳を避けるようにして首を振る。
「あ、あれは練習なんだ!あんたがいきなりあんな事言うからーーー本当は、おれの方から言うつもりでーーー」
「それではわたしの前でもう一度歌って下さい」
「あのなぁ。心の準備ってもんがあって・・・」
「では言葉でも。わたし、心の準備とやらができるまでずっと待っていますから」
プリシラの白い指がギィの血豆だらけの手を取り、夜風で冷えた頬に添えた。