天幕の入り口を覆う布が揺れると、ひんやりとした空気が流れて来た。それが火照った体に気持ちいい。そそくさと去って行く影を見送る事もせず、彼はただ、そこにあった熱の名残りを見ていた。
誘ったのは自分で。頷いたのは彼女。
そもそもあれだけ自分の存在を否定しているとも言えよう彼女と、こうもすんなりと関係を持てたのは内心驚いている。軍中の女性に声をかけて、一際自分を煙たがっていた女性。正直一番弱い希望の光であったのだ。
堅物な印象によらず、かなり遊んでいるーーー訳ではないようだった。
甘い言葉に酔うでもなく、それでも受け入れてくれたのだが、どうやら自分が初めての男であったらしい。彼の下の彼女は怯えているようで、紅く濡れた唇から漏れるのは彼への悪態ばかり。嫌悪なのかそうでないのか、美しい顔には終始眉間に皺がよっていた。それがおかしくて、ついついからかうような言葉しか出て来なかったのだが。
だがそれは今夜に限った事ではないのだ。
月が明るく照らす夜も、嵐で行軍が滞った時も。誘えば彼女は応じてくれる。自分の下で彼女は悪態をつく。やがてその余裕もなくなり、ほとんどが吐息まじりになって行くのが何よりの愉しみではあるのだが。自覚するほど意地悪く笑うこの顔に、彼女は一層眉間の皺を深めて、熱くなった自分の腕や背に爪を立てる。その傷跡が彼女の最後の抵抗であろうが。その翌日、陽の沈まぬうちに「昨晩の傷が痛む」と囁けば、顔を真っ赤にして去って行くのだ。もしかしたらそれが一番の愉悦なのかもしれない。と思った程だった。
そしてその小さな傷が完全に癒えぬ内に彼女はやって来る。期待通りに。そしてまた、自分の下で強がりを言うのだ。
この長かった旅は終わる。成り行きで出来たこの寄せ集めの軍隊は、それぞれの故郷へ帰って行く。自分達の結末を彼は知っていた。いや、受け入れるしかないと思っていた。
そのせいか、一際意地悪く彼女に囁く。それに対して、彼女は途切れ途切れながらも悪態で返す。その姿がおかしくて、愛しくて、突き動かす身体をより彼女が「困る」方向へ動かすのだ。
シーツに残る暖かさが薄れて行くのを感じながら、己の心中には不安と焦りがせめぎ寄ってきていた。けれど、普段から円滑な唇は、この本心など紡ぎ出す事はなかった。言ったところで、何が変わる訳でもない。だから期待など、どうかしないで欲い。
それでも、夜風が吹き込む度にちりちりと痛む傷が消えるのがたまらなく恐かった。