違うから!これドン引きしてるから!

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「ギィ君、ちょっと」

 呼ばれた先には、キアランの騎士がいた。八方美人というか、お調子者というか、とにかく方々に高らかな声と平手打ちの音を響かせるこの男とギィはそれ程面識はない。名前と顔を知っている、という程度だった。

 そのキアランの騎士は満面の笑みでギィを呼んでいる。当然ながらギィは男だ。笑みを向ける相手を間違ってはいないかとまで思う。まさか急に少年趣味に目覚めた訳ではあるまい。とにかく、ギィはその胡散臭い笑みに露骨に渋い顔で返した。

「そんな顔をしなさんなって。同じ恋の下僕としてご挨拶を、とね」

「なっ……」

 ギィの茹だった顔にセインは構わずに言葉を紡ぐ。目を閉じ、片手は胸に、もう片手は天高く上げ、さながら神の教えを説く聖職者のごとく。
 
「ああ、同じ女性の元に集う恋の奴隷達。我らは一つの愛を求めて戦わねばならないのだ……!」

「はぁ?」

「そして我らは地を這う者。対するお方は正に花園の奥の高貴なる方……」

「な、何訳のわかんねぇ事言ってるんだ!」

 必死の抗議が、余計にギィの想いを明確にする。にやり、とセインは片頬を上げた。すかさず連れて来た愛馬の背から、ひと包みの箱を出す。どこで購入したのか、いかにも女性への贈り物といった包装紙とリボン。

「愛の従僕セインは高貴なる姫君へ溢れんばかりの愛を形にしする事にしたのだ」

「だ、だから何だよ」

 だったらその「恋敵」にわざわざ伝えなくても、勝手にすればいいじゃないか。ギィはセインの大仰な言葉と動作に眉間の皺を一層深める。相手はエトルリアの名家の令嬢。そんな大貴族が地方の騎士の贈り物に喜ぶのだろうか。
 何を思ったのか、セインはおもむろにその包みを開ける。陽の光にさらされて、それははっきりと姿を現した。ギィの目は大きく見開かれたまま、しばらくまばたきを忘れた。声すら失って。

「人選ミスだ」
 二人の位置から少し離れた茂みに、彼らはいた。その一行に無理矢理加えさせられたエルクは、苦々しく呟いた。
「どこからあの人に任せたんだよ」
 それでも紫の瞳は標的を離さないが。
「この話をした所から。『男の嫉妬心をくすぐるアイテムならお任せあれ』とか何とか」
 首謀者その一の答えに、エルクは納得できずにいた。嫉妬心をくすぐるとかそう言う以前に、感性を疑われないかと思う。
「まぁ、相手はギィだし。わかりやすくしないと」
 首謀者その二がけらけらと笑う。
「と、言う訳で愛の騎士セイン、不肖ながらこの愛をプリシラ姫へと贈り届ける。御免!!」
 呆気に取られているギィをよそに、セインはひらりと馬にまたがり、野営地へと駆け出した。
「あ、セインさん。野営地へは緊急以外馬の乗り入れは……」
 ケントさんに絞られるぞ、と出歯亀達は緑の鎧を見送った。
 

 聞き慣れた音の方向に、プリシラは顔を向ける。馬に乗った騎士が笑顔でこちらにやって来るではないか。
「姫ー!」
「セインさん」
 確か野営地へ馬が入るのは禁止ではなかったか。プリシラは緊急事態なのかと緊張させるも、セインがこうも笑顔なのかが理解に苦しんだ。

「このセイン、愛の為に急ぐ余りに禁を犯してやって参りました」
 物は言いよう、というか言い訳にもならないが、この男は常にこの調子なのをプリシラは思い出した。
「ですが、規律を乱してはいけませんよ」
「愛故です。姫」
 片膝をつき、胸に手を当てる。その慣れた動作は、彼が一応騎士なのだと実感させてくれる。黙っていればそれなりに格好がつくだろうに。
 セインは小脇に抱えていた包みをずい、とプリシラへ差し出した。
「我が愛の―――」

「待ってくれ!」

 新たな声の方向へ、プリシラとセインは顔を向ける。「追いついたか」とセインは内心で舌打ちした。

 「セ、セイン!」

 肩で息をしながらギィはずかずかと緑の騎士の方へ歩み寄る。笑みを浮かべているように見えるが、目は決して笑っていない。ギィは呆然と立っているセインの手から、包みを引ったくるようにして奪った。
「あ、あ、ありがとうなっ。これおれにくれるんだろ?」
「なっ……!」

 ギィの言葉にさすがのセインも顔を引きつらせた。
 いや、これはおれが姫の為に買った物で第一これ姫に差し出していた所お前も見ただろそれに中身知っててよくそれが言えるな姫に知れたら姫はお前を軽蔑するぞ軍中に噂が立ってみろ誇り高きサカの民とか言ってられないぞサカって言えばリンディス様じゃないかそうだこんな事許したらリンディス様の名に傷がつく引いてはその騎士たるおれも―――
 セインの頭の中で言葉が次々に出て来るが、それが口に出る事はなかった。ギィの大きな瞳はそんなセインの内面を知っているかのように見据える。互いの誇りを守ろうじゃないか、と。
 

「失敗だな」
 野営テントの影で一行は見ていた。やれやれ、とエルクが呟く。これで最悪の事態は避けたが、何も成果はなかった事になる。徒労に終わったのだ。
「いや、まだ諦めるのは早い」
 首謀者その二はエルクの肩を掴んだ。その瞳は期待に輝き、少年のような顔立ちにさせていた。エルクもそこへ視線を向ければ、誇りを守った安堵感の為か、ふらふらと去って行くギィがいた。

「あ!」
 そこにいた誰もが小さな悲鳴を上げる。お約束、とも言ってもいい。ギィは足元の小石に躓いて箱の中諸共ひっくり返ってしまった。薄布がさしずめ天馬の羽根よろしく宙を舞う。空中で全貌を曝け出したそれは、箱の中で見たよりも衝撃的だった。エルクは反射的に目を反らす。首謀者二人は平然としていたが。
「いてて……」
 己のすぐ傍に降り掛かったそれを視界に捕らえると、ギィは仰向けから少し上半身を浮かせた体勢のまま固まった。
「あ、あ、これは……」
 酸欠の魚のように口をせわしなく開閉する。目は件の薄布を凝視していた。
「これが吉と出るか凶と出るか」
 首謀者その二はにやりと笑った。あくまで他人事なのだ。
 

「セインさん」
「はっ」
 美しく、強い響きで名を呼ばれてセインは反射的に姿勢を正す。セインの騎士としての本能が全身を緊張させる。
「この贈り物、わたしへなんですよね?」
 緑の瞳の奥に静かな怒りが見えたかに思えた。常日頃向けられるケントのそれより遥かに背筋が凍るほど。
「はい。僭越ながら姫の為を思い、選んだ次第であります」
 セインは頭を垂れた。女性から幾たびも平手打ちの贈り物を受けているセインだが、この重々しい空気は経験した事がない。言い逃れを考える隙間もなく、ただ正直に答える事しかできなかった。

「それを聞いて安心しました。ありがとうございます。セインさん」
 その言葉で、今までの沈むような暗い空気は一瞬で吹き飛んだ。恐る恐る頭を上げたセインの視界には、可憐な顔を綻ばせているプリシラがいる。
「このデザイン、アクレイアで今流行っているのです」
 「は、はぁ」
 呆気に取られているセインの横を素通りし、プリシラはギィのそばに落ちているそれを拾い上げた。丁寧にたたむと、それを箱に入れ直す。
「ああいうの、流行るんだ。エトルリアって国は」
 一方、首謀者達の視線は同時にエルクに向けられる。
「流行ってるかなんて知りませんでしたよ。あんなの好んで着るなんてルイーズ様くらいかと」
「……お前、何で知ってるの……?」
「不潔だわ」
 エルクの額に冷たい汗が浮かんだ。

「さ、ギィさん立って下さい」
 プリシラに促され、ギィはゆっくりと立ち上がる。その顔は、状況を飲み込めていない事を語っていた。それにも構わず、プリシラはギィの手を握り、微笑む。
「じゃあ、行きましょうか。セインさん、ごきげんよう」

「せ、成功なのか?」
「一応、は。多分……」
 宿営地の方向へ歩こうとする二人を見送る出歯亀達。ふと、細いラインを描く背中がぴたりと止まり、その一行に向かってプリシラは笑みを向けた。

 素敵な贈り物ありがとうございます―――


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