茜時間

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※性描写を連想させる表現があります。
 ご注意ください。
 



 部屋の窓から、強い西日が差し込んでいる。陽の光はエリンシアの肌を、焼かんとばかりに照らしていた。そのちりちりとした痛みで、エリンシアは目覚めた。その暑さで寝台の上で身じろぎし、敷布が肌と擦れる音が鳴る。
 意識が現に舞い戻れば、自分が一糸もまとわぬ状況に驚いた。そして、その原因に記憶が辿り、より狼狽の色を濃くする。不思議と肌寒さはなかった。西日の暖ではなく、乱暴に脱ぎ捨てられた服が、胸のあたりから掛けられていたからだろう。そうした本人は、まだ隣で規則的な呼吸を繰り返していた。彼にもまた、西日の下に晒されている。
 
 赤い陽と、アイク。総司令官の命を無視して突進してきた帝国軍に、身一つで飛び出してきた彼が思い浮かばれる。あの時も、この位の西日の刻だった。
 無愛想さは相変わらずで、肝が冷えたと言われた時は正直驚いてしまった。彼に言わせれば、エリンシアは予想のつかない言動があるらしい。真面目に向き合っていたはずだが、エリンシアは噴出してしまう。エリンシアからも言わせれば、それは彼にも言える事なのだ。そう、あの時、フェニキス王も笑っていたではないか。

 穏やかな寝息は、満足感を示しているのだろうか。
 額にかかる前髪をそっと指にからめてみた。短くて、細い指先にするりと抜けてしまう。からまると言った表現は適当ではない。
 


 もうあんな無茶はしないでくれ。
 西日に染まった廊下の壁に、身体を押し付け、エリンシアを鋭く睨みながら彼はそう言った。国のためを思うならば、そのような言の保障はできるはずなどない。エリンシアは、王だった。
 だが、傍から見れば脅されているように見える格好だが、エリンシアは笑いをこらえながら頷いてしまったのだ。アイクのそんな行動がおかしくて、きっと彼も無理だとは知っていながらの事だと思って。
 短く、無造作に切られた髪がエリンシアの額―――正しくは、エリンシアの額の略式冠に触れた。考える間もなく、アイクの顔が近くなっていた。唇に柔らかい感触がする。来賓用の館の品良く塗られた白乳色の壁に、左手首を押さえつけられる恰好だが。それを解く暇もなく、重なった柔らかい部分も強く押し付けられた。
 長い廊下を、抱きすくめられながら歩いた。白乳色の壁は、赤い光の影となり、もつれながら歩く男女を絨毯に映し出す。アイクが囁けば、耳元から熱を吹き込まれたようになる。熱は考える力を吸い取ってしまうのか、何度も頷いて、開かれた扉の向こうへ連れて行かれるままだった。距離はあるとも、同じ階には国の賓客が多数いるのに。
 窓のカーテンは引かれて久しく、赤い陽の支配が広がっていった。
 転がるように寝台に倒れ、廊下での続きがなされる。それが途切れると、エリンシアの手は額の冠を外した。後頭の留金が外れた手ごたえを感じると、それを悟ったアイクの手がそれをつかんで無造作に寝台の隅に追いやった。アイクも元よりそんな意識などあまりないはずだが、これで、形式的な物すらなくなってしまったのだ。
 エリンシアの指と、アイクの指とがどちらからでもなく、同時に互いの肩当ての留金にかかっていた。

 
 掻き抱くとは、こういう事を指すのだろうか。西日の中、二人とも熱に浮かされていた。
 うっすらと滲む汗が、西に傾いている太陽の光を反射している。光を孕んだ玉が、するりとアイクの額から頬にかけて流れ、自分の肌に落ちるのを浮ついた頭の隅が覚えていた。
 時折耳元で呼ばれる名前が妙に熱を含んでいる気がした。その呼び声に応えてしまいたいと、体中が悲鳴を上げる。それ以外の言葉はいらなかった。エリンシアもただ、うわ言の如く名を呼ぶ事を求めていた。他には、熱い肌だけあればいい。赤く染まる隆々とした筋肉は、茜の光に溶け込んでいるようだった。恐らく自分の身体もそうだろう。
 もっと強く、もっと強く。
 エリンシアは地平線に消え行く陽に願った。このまま焼き消してしまえ。自分たちを。今、自分の額は赤い光の下にあるのだ。
 太い首に腕を回すと、短い前髪がエリンシアの肩に触れる。それは決して叶う事のない望みだと知っていても。遠のく意識はいつまでも願わずにいられなかった。
 


 濃い影と世界が同じ色になって来ていた。
 熱に飲まれた時間は、太陽が沈むと同時に冷えて行くようだった。エリンシアの隣では、まだ瞼は閉じられている。
 このまま起こした方が良いのかと考えが巡るが、明日は出陣。恐らく、彼を将としての大々的な出兵となるだろう。クリミアの内乱が終わったと同時に、長旅と数々の戦いが、傭兵であるアイクに降っていたのは知っている。寝台で眠るのは片手で数えられるほどだったであろう。このまま眠りの世界にいさせておくのが良策だと結論が出た。
 たくさんの戦を生き抜いて来た逞しい体は、彼の愛用のマントにくるまれている。髪と同じ青いそれは、今では宵に溶け込んでしまいそうだった。
 このマントがあればどこでも眠れると豪語している彼だ。もしかしたら、客用の寝台も、固い土の野宿も変わらないのかもしれない。
 疲労が残る顔に、笑みがこぼれる。その藍色に染まったマントをつまみ上げ、その中へそっと身を寄せた。途端、足元に固い感触を覚える。身体を起こすと、普段エリンシアの額に冠する金の輪が鈍く光をかろうじて含んでいた。このまま蹴り落としておこうかと思うも、夜の闇は、エリンシアを夕刻よりも冷静にさせているらしい。白い指がそれをさっと拾い上げ、寝台の脇の小卓に収まらせ、ただ明日を待つ身にさせた。そして己もそうなろうと、エリンシアも幅広い背中に身体を寄せるようにして、暗い色のマントを被った。


09/06/22back
字書きさんお題より その6 台詞なしで書く

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