海の男たち

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 海へ行こう。
 彼女がそう言ったから、ネサラは二つ返事で黒い翼を広げ、細腰を抱えた。本当はキルヴァスまで飛びたいのだが、自分はともかく、彼女を強い潮風に長時間晒すわけにはいかない。セリノスの森の上空を越え、大陸の南端から濃い青の大地を臨む。ベオクの国だが、他の鳥翼族とは違い、ネサラは長年往来のある土地だった。その土地の者もあまり足を向けない場所を、ネサラはいくつか知っている。その中でも、見晴らしの良い浜辺に二人は降り立った。


 テリウス大陸の南、特に海洋に関してはベオクではなく、ラグズ―――とりわけ鳥翼族たちの庭のようなものだった。
 南部の大国ベグニオン帝国においても、その航行能力は大陸に類を見ないが、個々に翼を持つ者たちには遠く及ばない。いや、彼らがいて帝国の船舶を脅かすようになった故に、ベグニオンの造船、海洋技術は発達したと言っても過言ではなかった。

 しかし、「船を持たぬ海賊」との二つ名を持つ鳥翼族らは、近年になり、あれほど不倶戴天と見なしてきたベオクとの歩み寄りを始めていた。ベオクの国家が設立された当初よりラグズを隷属し、あまつさえ、鳥翼族たちの神格的存在だった鷺の民を滅ぼしたベオク。修復不可能と誰もが考えていた海溝のような間柄は、少しずつだが、確実に埋めて行った。


 だが、ネサラはその様を他人事のような視線で見ていた。過去はどのような未来を築こうと、当事者たちには残るのだ。今、波しぶきに無邪気にはしゃいでいる彼女も、ベオクにより一族を壊滅状態にさせられた。彼女の兄は誰よりも深く激しくベオクを、ベグニオンを憎み、彼らの滅亡を望んでいた一人ではなかったか。

「まあ、しかし……」
 地平線にうっすらと浮かぶ赤茶色の島を眺めながら、ネサラは自嘲じみた。
 その感情を知りながらも、ベオクと取引をしてきた。いや、知っていたからこそそれを逆手に取って利用しようとしたのではないか。過去など、受けた傷などどうでもいい。そう割り切って。ネサラも他の鳥翼族らも、結局は、覆水をまた入れ直すのか、盆の縁を高めるだけなのか。その違いなのだ。


 海から吹く風の向きが変わると同時に、風が少し冷たくなった気がした。
 こりゃいけねえな
 とネサラは重い腰を上げる。多少の潮や気温の変化は自分には大した問題ではない。だが、繊細な鷺の民となれば話は別だった。波間に足を浸す鷺の姫に帰る事を告げると、案の定不服そうな顔が返ってきた。
 わかってくれよ。と、鷺の姫には口に出さずにネサラはぼやく。彼女の身体も心配だが、それ以上に厄介な事象がセリノスの森にはあるのだ。



 大陸の南の海には、鳥翼族たちの島が浮かんでいる。
 この島嶼は、古くから彼らの居する処ではあるのだが、大陸にてベオクとの闘争に敗れた者たちが流れ住んで来た頃より、国家として船出した経緯がある。とは言っても、誰よりも力を持つ者が同胞の忠誠と信頼を集める王となる方針はラグズ元来のものだが。
 現在フェニキスを束ねるのも、長年力においては負けを知らない偉丈夫であった。鷹の民らしく、筋の通らない事、同胞を見捨てたり裏切るような行為をひどく忌むきらいがある。それゆえに、ネサラとの関係も決して良いものではなかった。

 しかも、ティバーンはそんな感情を押し隠して接するような人物でもない。彼がネサラに向けられる殺気立った視線が恐ろしいとは感じないが、定期的に開かれる鳥翼族の会合は、ネサラにとって頭痛の種にしかなからかった。あれほど心地よい潮風も、ネサラにとってフェニキスの城で受けるそれは、ただ髪を厭らしくべたつかせる存在でしかない。

「……今回も、苦言があったそうだ」
 むしろ、頭痛の種は鷹ではない。
 男より、女が嫉妬するような細く白い指は数枚の紙から一枚を手際よくめくる。几帳面に綴られた文字は現代語。読み書きも疎かな者が多い鳥翼族に、そこまで書類が書けるのはごく一部だった。だとすれば、書いた者の想像は粗方つく。しかも、鷺の王子へ宛てられた「苦言」なら尚更だった。
「ベグニオン商船が二隻。小さいが船だがかなり高価な美術品を積んでいたらしい。被害額は二十万ゴールドに上るらしいぞ」
 もはや定期報告と言ってよい苦言に、整った眉目が寄せられる。ついでに、鷹王からの殺意も増していた。昔から友好的ではなかったが、この事に関しては以前ならば、「ベグニオンのニンゲン相手だから」と黙認どころか、フェニキスも挙ってベグニオン籍の船を襲っていたではないか。

「いい加減にもう止めたらどうだ。我々を苦しめた根源である元老院どもは絶たれたのだ」
 三、四年前にベオクへの海賊行為を、フェニキスは全面的に廃止した。それをキルヴァスも倣えとリュシオンは言う。だが、ネサラは着いた頬杖を解かずに、鼻を鳴らすだけだった。
 何も知らずに、めでたいものだ。
 確かに、長年ベグニオン帝国で私利私欲を貪ってきた有力元老院は昨年絶え、今では皇帝サナキが何の隔てもない治世を行っている。だが、あの連中のごく一部が消えたところで、すべてが丸く収まる訳ではなかった。有力議員の下で耐えて来た他の貴族や元老院が啓蟄しただけなのだ。彼らがかつてのカドゥス公の如く力を付ければ、皇帝の苦難は再び始まるだろう。現に今、彼らは彼ら同士で力を削ぎ合っているだけに過ぎないのだ。今まで通りネサラを使って。そもそも、ネサラの行為の原動は、ティバーンのそれとは違うのだ。


「まあ、こいつの腹は読めないのは判ってるんだ。おれ達に厄介な風が向く前に個人で賠償させればいい。それより本題に入ろうぜ」
 今まで押し黙っていたティバーンがそう切り出す。より馬鹿馬鹿しくなってネサラは気だるそうに首を振った。こきこきと首元が鳴る。
「もっと派手な音を鳴らしてやってもいいんだがな」
「そいつは遠慮した方がいいんじゃねぇのか。鳥翼が統一するってのにけちがついちまうぜ、王様よ」
「手前ひとり死んだって外野からは文句は出ねえよ。同族にあんな仕打ちをしちまった野郎ならなおさら」
 なら、おれをこの会合から外せよ。
 言葉の代わりに、面倒くさそうな視線を鷹王に投げて済ませる。沈黙と入れ替わりに波が砕けるが響いた。
 鷹王が自分を憎む理由は充分過ぎるほど理解しているつもりだ。鳥翼族の三つの民が一つの国家に収まる事自体は別にネサラも異存はなかった。だが、その会合にネサラを鴉の民の長として出席させている事が疑問だった。さらに本音を言えば、鴉を抜きに鷹と鷺だけで統一しても何の問題もないのだ。それで敵対関係になったとしても、その原因を作った者の責として、文句を言うつもりもない。
「とにかく、本題に入るぞ」
 鷹と鴉の王の間を取り持つのはリュシオンの役目だった。力や智謀では誰にも引けを取らないと自負している彼らだが、どうにもこの白鷺の王子には敵わない。
 しかし、シュリオンがいくら取りなしても、鳥翼の統一の話は一向に進む気配はなかった。同じ翼を持つラグズだが、価値観は三者三様なのだ。その上、鷹の一族と鴉の一族の間は、かつてのベグニオン帝国との間よりも不穏な空気が流れている。鷹の間には、今なおキルヴァス制裁を叫ぶ者も少なくはない。そのフェニキスの感情をネサラは知っている。そしてそれを抑えているティバーン本人が恩着せがましく事あるごとにネサラにちらつかせているのだ。



「こんな状態で一つにまとまるかってぇの」
 潮風が細かな砂粒がをすくい、ネサラの頬にぶつかる。目に入りそうになり、思わず顔をしかめた。
 砂と潮が絡んだ前髪を払うと、視線の先には真白い翼を嬉しそうにばたつかせている鷺の姫がいた。彼女は、本当に海が好きだった。海とはあまり縁のない森で育ったからだろうか。だが、彼女が幼い頃は彼女の兄弟らとよく遊んだものだが、その時は押しては引く波をひどく怖がっていた。ならばと沖まで抱えて行けば、底の見えない深い青に吸い込まれそうだと泣いていたのに。


「ネサラ、見て」
 海水を充分に染み込ませた砂浜から何かを掘り起こしたようだ。満面の笑顔で「戦利品」を手にネサラの許へ駆け寄る。驚くほどに小さなか細い足の跡が点々と砂にできては、波がさらって行く。海が、満ちてきている。そろそろ帰る機(しお)だと海が告げていた。

「ハマガニなんてよく掴めたな」
 細い指がこげ茶色の甲羅をはさんでいた。この蟹の大きなハサミに負け、わんわんと泣いていた情景を思い出し、思わず顔が綻んだ。
「もうこわくないよ」
 大丈夫だ、とばかりに捕らえた大バサミを鼻先に突きつけてきた。
「おいおい、よせよ」
「ネサラこわいんだ」
「違う。気持ち悪いだけだ」
 小さな突起の並ぶハサミもさる事ながら、口から吐かれる泡にわさわさと蠢く小さな足は、間近に見て気持のいいものではない。
 鷺の姫はそんなネサラの反応が面白いのか、調子に乗って蟹を手にネサラを追い回した。止めろ、と半分本気の悲鳴を上げるが姫はころころと笑うだけだった。昔と逆転したな、と勇ましく蟹を持つ彼女を横目にそう思った。


 
 同じ沖合からの潮風なのに、どうしてこうも心地良さが違うのだろうか。フェニキスの城へ上がるたび、答えもネサラの中で出ているはずなのに、毎度そう感じずにはいられない。
 いつも通り一番遅くに部屋に入ると、気難しそうな顔のリュシオンと、ティバーンの鋭い刃のような瞳が出迎えていた。
 波の音に混ざった不穏な空気に思わずネサラの眉が寄った。二人の態度など、今に始まった事ではないが、特にリュシオンの様子に異変を感じたのだ。

 しばしの睨みの後、リュシオンは椅子から立ち上がり、ネサラの許へ大股で歩み寄った。
「潮の匂いがきついな」
「ベグニオンから大急ぎでここまで飛んで来たからな。お前も嗅ぎなれているはずだろう」
 この白の王子も、初めは強い潮風と陽光に身体を壊したものだった。今では、フェニキスの護衛付きだが、ベグニオン領とフェニキスを股にかけるまでに至っていた。彼も今のネサラと同等の潮を纏って現れる時もあるのに。
「ああ、だが妹も同じ潮の匂いを纏わりつかせている時があってな。黒い羽根と一緒に」
 淡々とした口調は、温度を測りかねるものだった。リュシオンは頭一つ分上のネサラの顔をぎろりと見遣る。
「お前が何をしてきたか、リアーネも充分に理解している。あれはそんなお前を許して欲しいと常々私とティバーンに請いているのだ。そんなリアーネをお前は裏切る気か」
 リュシオンの言葉の主旨をその時確信した。
 普段は鷺の王子の睨みには滅法弱いネサラではあったが、今回ばかりは鋭利な瞳を投げ返す、とまでは行かずとも口を真横に結んでリュシオンの瞳をじっと見た。
 普段は、本題を反らす為に茶化した態度を取るネサラだった。その予想を外れた真顔にリュシオンの方がたじろぐ。
 ネサラは、そのまま無言で会合部屋を去って行った。
「待て、ネサラ!」
 焦りを隠さずに引き止めようとするリュシオンだが、黒い翼にはそれが届かないようだった。


 最初からこうすれば良かったんだ。
 ぼんやりと浜草の上に腰かけ、うっすらと望む鳥翼族たちの島を眺める。押し寄せる波打ち際には、白い翼の影もない。
 会合に全く足を運ばなくなって数日。だが、キルヴァスへは鷹からも、鷺からすらも何の連絡はなかった。当初は、あれだけ渋るネサラの襟首を、文字通りつかんで会合の席に座らせていたというのに。
 
 強い日差しは、沖のさらに遠くにある明るい茶色の島を揺らめかせて映していた。あの島々が、もうすぐ一つの国になる。何の感動もなければ、拒否感も浮かび上がってこない。鴉の民の一部では反発もあるが、その声も次第に弱まっていた。リュシオンとニアルチの言では、過去のフェニキスの一件が尾を引いている事に加え、リアーネがキルヴァスの民を説得に回っていたらしい。

「あいつが、ねぇ……」
 セリノスへ赴いたニアルチの供の兵は本より、自らキルヴァス領へ翼を向けていたと言うのだ。海岸のように日差しや潮を避ける場所のない深い青の海を渡って。
 お前が何をしてきたか、リアーネも充分に理解している。
 あの時のリュシオンの言が蘇った。
 ならばなぜ、そんなにおれを庇うのか。女神ユンヌに導かれ、シエネの中央を目指した時も。知っていたなら、おれを心底軽蔑するはずではないか。

「今のお前にリアーネの心など、わかるはずがないのだ」
 突然頭上に降りかかった声に、さすがのネサラも飛び起きる。人の気配を感じるのには長けていると自負していたつもりが、心に霧がかかっていたのだと己を叱咤した。
 それまで見抜いてしまったらしく、リュシオンは白皙の頬を上げた。
「常に私たちにも心中を読まれまいと気を張っているお前が、近頃は珍しいな」
「どうしておれの居場所がわかった」
「最近のお前ならば、姿が見えずとも気配が手に取るようにわかる。同じ帝国領にいればなおさらだ」
 白の王子の背後にいる鷹の護衛兵の姿が、彼がマナイル神殿にて帝国と何かしらの用務を示していた。最近では、縁戚関係ある事だがわかったベグニオン皇帝とリュシオンの関係は急速に縮まっている。
「沙汰が全くないもんでな。おれなんかいなくても順調にやっていると思ってたぜ」
「むしろいない方が見通しはいいんだがな」
 あまり聞きたくない低い声が空気を響かせた。ばさりと大きな音がして、砂浜に黒い影が落ちる。
「ちょっと問題があってよ」
「おれじゃなくちゃ解決できない問題なら、解決しない方がましってもんじゃないのか」
 鼻をならし、ティバーンの渋面から顔を反らした瞬間、ネサラの足は宙に浮いた。
「とにかく、おれはお前を殺してでも三国統一を成し遂げたいと思うだがなあ。そうは言ってもられねぇって事よ」
 片手で顔を間近に寄せられ、殺せそうな視線ですごまれても、皮肉そうに片頬を上げて言葉でやり返すだけだった。
「だったらそうすればいいじゃねえか。あんたには返し切れないつけがある。それに、キルヴァスでのおれの役目はとっくに終わってんだよ。鴉を不利にしないって条件を飲んでくれればこの首いつでも差し出してやるよ」
 ティバーンの太い指がネサラの襟元を急に離した。受け身を取る間もなく、派手に砂が舞い上がる。
「ってえな、いきなり」
「リアーネが悲しんでる」
 思考は、頬の衝撃と全てを凍らすような声で押し潰された。いつもなら背丈の事情で下にある美しい顔が、今はネサラの影となっていた。
「だからどうだって言うんだ。それと鳥翼の統一と関係があるの―――」
 言い終える前に、再び襲ってきた頬への痛みでそれ以上の言葉は遮断された。痛みはそれほど大したものではないが、突然の事と、殴った相手にネサラは拍子抜け、リュシオンどころかティバーンを見上げる形となってしまった。しかし、それを屈辱と感じる余裕もなかった。
「お前がすべてをきちんと説明していないからだ!私にも、リアーネにすらも!」
「何の事だよ……」
「皇帝が説明してくれた。お前との『協定』を」
 あの小娘、口止めの意味がねぇじゃねえか……!
 この広大な帝国領を手中に収める少女を思わず毒づく。
 正の女神との戦いを終えた後の事だった。マナイルより密かにネサラ宛てに書状が届き、不穏な商売に手を染め、私服を肥やす貴族が後を絶たない事を。その船を鴉の力を以て襲撃して欲しいとの旨を。それが別の内務官を経てリュシオンの耳に届くのは、痛手を被った貴族とその内務官が通じている可能性がある。宰相不在のサナキの治世には、まだまだ引き締めなければならない箇所がある証拠でもあった。

「だからな、その問題がリアーネと鴉なんだ。何だかんだ言ってもお前を無碍にしちまえば鴉はまとまらねえ。だから、お前にはこれからも働いてもらうからな―――そうだな、死ぬまで」
「無茶言うなよ」
「無茶かどうかは、働いた時に考えればいい。鴉と、リアーネのため。そう思えば、お前もやぶさかではないだろう。統一が軌道に乗れば、祝言も盛大に祝える」
「ああ、そうだ。忙しくなるぞ」
 鷹の王と、鷺の王子は早口にそうまくしたてた。リュシオンはともかく、ティバーンの目は明らかに笑っている。それが悔しくてしょうがない。そして、リアーネとの仲まで口を挟まれた事が、ネサラにとって歯噛みせずにはいられなかった。



 

 こうして、鳥翼族の三民族は無事に統一し、一つの国家となった。
 鳥翼三国と名を挙げた船出の長は、鷹王ティバーン、執政の長として白鷺王子リュシオン、対外政策の長には鴉王ネサラが置かれ、ベグニオンの南の海を順風満帆に漕ぎ出している。
 そして、その後、鴉王ネサラと白鷺の姫リアーネとの……


「冗談じゃねえ!」
 上質の樫の机に、紙束が叩きつけられる。叩きつけられた当の本人は、上気している顔とは正反対に、涼しい顔で散らばった紙を集めていた。
「なぜですか、坊ちゃま……素晴らしいお話なのに……」
 後ろに控えている老従者の涙顔を、ネサラは思いっきり目ねつけた。
「おかしいだろ、どう考えても。それに、大体他人の公私ともどもの事情に色を付けて何やってやがんだ!」
 色を付けた本人は、相変わらず涼しい顔で今度は紙に綴られた文字を眺めていた。
「忙しいんなら仕事しろよ、ええ、皇帝様?」
「ネサラ殿、失礼ではありませんか」
「あんたらも止めろよ!」
 皇帝、サナキはため息をついて紙束を机上に戻した。
「せっかくお主の婚礼祝いにと考えたのじゃがな。お気に召さぬか。花嫁殿は大層喜んでおったと聞いておるぞ」
 ネサラは二の句を失う。リアーネの目にもこの馬鹿げた脚色が止まったかと思うと背筋が凍った。しかも、リアーネはまだ現代語の文字を満足に読めないはずだ。となると、誰か代読して彼女に聞かせた者がいるのだ。ニアルチか、それともリュシオンか。考えただけでも血の気が引いて行く。
「本当に素晴らしい出来ですじゃ。ベオクは芸術に長けていると良く言ったものです……」
 呑気な老人の声は震えていた。もはや、睨みつける余力もない。
「ところで、この話の表題は何とされるのですか?」
 そう問われ、サナキは満面の笑みでそれに答える。すでに、その問いは用意されていたのだ。

「海の(似合わない)男たち」


09/08/22 字書きさんお題 その8 5人以上の登場人物を出す TOP

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