拝啓、姉上様 4

 使徒らとの戦いに腐心している内に、部屋の空気がふっと変わり、サナキは息を飲んで辺りを見回した。
 他の勇士らも同じ感覚を得たらしく、目の前の敵を斬り伏せたと同時に背後を振り返った。予想通り、"彼ら"と隔たれていた光の壁が消え去っていた。その向こうには、体を横たえている剣士と、疲労も激しく立っているのがやっとな剣士がいる。
 二人の勝敗を察した瞬間、敗者の命が、まるで彼らを操る糸であったかのように、金の鎧を着た兵らが一斉にその場に派手な金属音を立てて崩れ落ちた。 
 終わったのだ。
 サナキは仲間の勝利と、家臣の敗北を一身に受け、心が真っ二つになりそうになりながらも、両足に力を入れて立った。ばくばくと鳴る鼓動は、駆け出す衝動を激しく波立てる。その間にも、ゼルギウスはこの向こうの世界に行こうとしていた。
 
 ミカヤが―――口調から恐らくはユンヌであろう―――祈りを捧げている。すると、彼の全身から蒼い光が立ち上っているのが見えた。サナキはもっと近付きたかった。まだ彼は旅立つ途中だ。彼が近くにいれば、彼が何を思い、戦ったのかわかるのではないか。そう思ったからだ。
 血の気を失った唇がかすかに動いたのを見た。
 敗れたはずのゼルギウスの面(おもて)は、ユンヌの祈りが終えたと同時に穏やかさを取り戻していた。女神の祈りの加護ゆえであろうが、なぜかサナキには腑に落ちずに、じっと魂のない剣士の顔を見ていた。彼はベグニオン帝国司令官でも、デインの密偵としてでもなく、一人の剣士としてアイクに立ちはだかった。彼は結局、誰の為に剣を振っていたのか。
 
 

 普段なら、側にシグルーンとタニスがついていてくれた。
 その二人も今は離れた場所にいる。誰も、サナキの身体の震えを止めてくれる、受け止めてくれる者はいなかった。立ちはだかる強大な存在と、次々よ明かされる事実に、他の者に備に気を遣う余裕を減らしていた。
 
 しかし、やはり彼女は別だった。
 女神は祈りを終えると、サナキの様子を察したのか、「彼はね、あなたと敵対するつもりじゃなかったの」と教えてくれた。サナキはわかっている、と力強くうなずく。
「ねえ、サナキ。あなたを本当は連れて来なかった方が良かったのかもしれない」
 珍しく曇りを含んだ声に、サナキは大股の歩みを止めた。
「いきなり、何を……」
 出立前夜、限られた塔に登る隊に、サナキを選んだのはユンヌ自身だった。その意味は測りかねているものの、勇士に名を連ねてくれたことには感謝している。今さらその選択に後悔しただなんて、言われたくない言葉だった。
 
 彼女はサナキの肩に手を置いた。
「あなたに見せたかったことがあったの。でも、これから先、何があっても受け入れられるか不安になってしまって」
「お主、何を言うか」
 サナキは、露骨に不快感を出してユンヌを睨みつけた。
「今まで散々我らを振り回しておきながら、今さら、いや、更に酷い言いようだな。肝心なものは隠しておくのか?」 
「そういう訳じゃないの……」
「ならば最後まで責任をもって正の女神の許へ案内するがよい」
 女神の使いたる身が、本尊に身の程知らずな言いようだった。
 それを気にするようなユンヌではないが、どこか不安そうな表情に、サナキも後ろ髪を引かれる。ミカヤの姿でそんな顔をされたからであろうか。




 ユンヌはふらりとミカヤの身体を借りては、すぐに彼女の奥に隠れてしまうが、この塔に入ってからはその時間は長くなっていた。
 話したいことがたくさんあるのだろう。いつまで続くか知れぬ階段を上りながら、息を切らす様子もなく、彼女が最も輝いていた時代を語っていた。
 
 だが、それもある場所で口をつぐんでしまった。
 踊り場のようだが、ちょっとしたホールのように広い場所だった。暗闇からぼうっと灯る蒼い灯が、辺りを冷たく映し出している。そこで、休息をしようと告げた途端、銀の髪の少女の体は本来の主に変わった。
 サナキも皆に倣って空いた場所に座り、腰に下げていた水筒に口を付ける。
 離れた場所で、竜燐の民たちと、アイク、そしてミカヤが何やら話していた。よく磨かれた石で造られた塔の内部は、人の足音も、話し声もよく響かせる。亡父の力を継いで王となった若き竜燐の民が、「秘密はないに越したことはない」と言っていた為か、他二人の竜燐の男たちも、声色を落とさずに話し始めた。
 彼ら竜燐族の寿命は、ラグズの中でも抜きんでている。
 先刻戦った黒竜の王、デギンハンザーは、八百年前アスタルテの元で戦ったあの三雄のひとりで、ベグニオンの始祖オルティナの友のひとりだ。ユンヌを眠らせた後、彼は他国との関わりを断ち、じっと時の流れを眺めて来た。いわば、歴史の生き証人だった。
 その彼が、ベオクの国にも、ラグズの国にも伝わっていない事実を知っているのは、誰もが納得するものだ。その内容には耳に入れた誰もが固唾を飲む。寡黙な王がずっと心に封じて来た真実を、今紐解こうとしているのだ。
 
 オルティナが、サナキの先祖が、故郷に国を創り、その際に迎え入れた夫が、鷺の民―――
 アイクの屈強な体越しに、ナーシルと目が合って、初めてサナキは竜燐族たちを凝視していることに気が付いた。
 ナーシルは意味あり気にサナキに視線を送った後、すぐにアイクとミカヤに語り続ける。
 サナキは自然と自らの腕に手を置いていた。この体に、ラグズの血が混ざっている。印付き、ラグズ、ベオク双方から忌むべき存在とされてきた者に対し、サナキは漠然とでしか捉えておらず、国内で横行していたラグズ奴隷よりも遥かに関心は薄かった。ラグズのベオクの交わりは禁忌。そう教わってきたにも関わらず。
 
 だが、ナーシルとゴートは思いもよらぬことを口にした。
 両種の交わりは決して禁忌などではなかった。それどころか、女神が禁じた行為だとふれ回ったのは、親友の結婚を誰よりも喜んだソーン、そしてデギンハンザー自身だと。
 交わり自体は禁忌ではない。だが、異種との子を成せば、ラグズの能力が喪われる。オルティナの夫エルランは、それゆえに深く思い悩み、自害にまで至った。
「―――交わり自体が禁忌となるだけならまだしも、いつの間にか、生まれた子らが"印付き""親無し"と蔑まれ、迫害されるようになってしまった―――王は歯止めの利かぬ状況に苦しんでおられました。禁忌としたことを後悔していると……最初の選択を誤ってしまったのだと」
「ひどい……」
 吐き出すように言ったのは、印付き本人であるミカヤだった。数百年も前に、友の苦しみを味わう物が二度と現れぬよう、との思いではったが、それが余計に不幸な子を生む結果になったしまった。
 自らの生い立ちを思えば、ミカヤにそう評されても誰も文句はない。事実、ナーシルはデギンハンザーに代わってミカヤに懺悔しているようにも見えた。
 
 サナキは自分の手のひらを眺めやった。
 この体には、ラグズの血が少なからず流れている。
 だが、今まで混血に顕われると言われている"印"を、己の体に見たことがあろうか。背中など、自分では確認できない個所にあるかもしれないが、入浴を手伝う侍女は、気の置けない間で、その様なことを指摘されたことはない。
 交わってできた間の子が、必ずしも印付きではなく、姿形は完全にベオクと同じ。なれど、異種の血が入っている限り、その子孫がなる可能性はある。そう教わってもいた。
 ベグニオンという国が生まれ、その始祖が混血を産んだなら、ベグニオンの長い歴史の中、印が顕われる者が出て来ても不思議ではない。いや、今までそのような者が生まれ出ずにいたことの方が不自然ではないのか。
 サナキは天井を仰いだ。天井、と言っても吸い込まれそうな闇だった。そこに、すっかり見慣れてしまった蒼い光ではなく、どこか懐かしく感じる光が一瞬だけ光ったような気がした。



 ラグズとベオクの交わりは禁忌ではない。
 その事実に、迫害されてきたミカヤは重く受け止めていたが、すぐに明るい表情を見せた。負の女神が顕われた―――デインの巫女の変わり様に、皆すっかり慣れ、童女のような明るい素振りを見せれば、すぐにユンヌの登場に直結するようになった。
「ラグズとベオクが交わって子を成すなんて、わたし達がいた頃はそんなこと全くなかった。想像もできなかったわ。ああ、なんて素晴らしいの―――!」
 その後に起こった不幸を顧みず、身を借りている少女の心情も察せず、ユンヌは足取り軽やかに階段を昇って行く。
「早くアスタルテに逢いたい。そしてこのことをアスタルテに教えるの。そうしたら、そうしたらきっとアスタルテも、考えを変えるかもしれない」
 くるくると回ったかと思うと、ぴたりと足を止めた。
 彼女の目前には、天まで届きそうな扉が立ちはだかっていた。文字通り神々しいまでの雰囲気を塔の内外から放っていたが、ここは今までのとは別格のオーラを感じていた。サナキの背筋にも悪寒が走る。以前に感じたことがある。負の女神が封じられていたメダリオン。そこから放たれていた気に良く似ていた。
 だが、強烈な負の気であればラグズや気に敏感な者に不調をきたす。サナキは周囲を巡らすも、誰も負の気に当てられたような感じは見られない。白鷺の王子すら、難しい顔をしているものの、体に変化はなさそうだ。
 ユンヌとアスタルテが元々は一人の神だった、というのが納得できたような気がした。
 正の気が、外の世界では清らかな気が、その元の近くでは、ぞっとするような感覚を覚える。正も負も、元は一人の意志なのだ。
「アスタルテは眠りに就く前と後では、ずいぶん変わってしまったのかもしれない」
 サナキの心を掬ったように、ユンヌは扉を前に呟いた。暗い中で、光を見る金の瞳は、先刻とはがらりと変わって悲しみを湛えていた。
「正と負は、双方あって然るもの。片方を除けば、歪みは当然出てしまう。負が極端に少なくなってしまった今、アスタルテにも大きな負担が出ているかもしれない」
 今までは、しゃいだような口調と素振りで、幼さを感じさせる女神ユンヌ。感情的になりやすいのだとも、本人も自負していた。だが、ふと、達観したように物事を見たり話したりする時がある。やはり、彼女は創造主なのだと、知る時が。
「……わたしを切り離し、遠い場所に封じたばかりに、世界に残った負の気を純粋に受けてしまった。争いから湧き出る憎悪と悲しみをずっとその身に受けて、悲しむあまりにやさしい心を喪ってしまった」
 後ろで、石の床を踏む音がして、銀の長い髪は揺れた。
「あんたはどうなんだ。正の気と離れ、歪んでしまったのか?」
「わたしは……」
 勇者の言葉を受け、ユンヌはもう一度扉へ身を向き直し、蒼い光を受ける扉に視線を向けた。その向こうの、愛しい半身との思い出に浸っているのか、扉にすがるようにもたれてまつ毛を伏せた。
「わたしは、一人じゃなかった。いつも優しい声に包まれて、心地よく眠っていたの」
 遠く遠く。母の胎内で眠る赤子のごとく、不安も心配もなく、暖かい歌の揺り籠に包まれていた。いつしかその声は聞こえなくなり、その代わりに別の歌声がユンヌの心を安らかにしてくれた。歌声が途切れることは度々あったが、どこか遠くで、常にそれを感じられた。あまりにも遠すぎて、ユンヌは歌声に手を伸ばした。
 届いて、届いて。
 その思いに暁色の翼が生え、ユンヌは空を飛んでいた。
「わたし、寂しくはなかった。だっていつも人の傍にいたもの。でもアスタルテは違う。人と離れて、人を冷たく律しようとしている。人とは離れるべきじゃなかった。それを伝えないと……」
 恍惚と扉に頬を寄せていたユンヌだったが、急にきっと上を向いた。いつもしたように、扉に手をやり、押し開けようとする。
 だが、今までであれば、扉は女神の力に呼応して開くのだが、この扉は一寸も動く様子はない。
 アイクも、他の力自慢らも出て力づくで押すも、微動だにしなかった。

「アスタルテがわたし達を拒んでいるの……?」
「いいえ。特別な魔力によって封じてあります」
 突然、一行の真横から声がした。聞き慣れぬ声に、皆驚き声の方角へ首と意識を向けた。その中の一人は、驚きと喜びが混ざった顔で声の主を見ていた。誰よりも先に、長身の青年の許へ駆け寄る。
「サナキ様」
 声の主は、仕えていた少女の名を愛しげに呼び、髪を優しく撫でる。マナイルの日常を一部再現するかのように。
「セフェラン、セフェラン、セフェラン……!」
 興奮と湿り気を帯びた声が響いた。互いに別々に軟禁されてから、久しぶりに顔を合わせた肉親にも等しい一の部下。逢えぬようになってから、一日が何年も感じられた。その身を何度案じたことか。
「ああ、セフェランっ!よく無事であった!」
「サナキ様もご無事で何よりです」
 サナキは家臣の腰にすがりつく。マナイルでは、仲の良い親子のようだともっぱら囁かれていたが、ここまでサナキがセフェランに甘えた行為をしたことはなかった。
「セフェラン……」
 セフェランに逢えた喜びもあるが、実は自分が神使たるべきではなかったと告げるのは、躊躇していた。だが、セフェランに見限られても、真実は話せばらなぬと言い聞かせる。
「実はな、セフェラン。わたしは、本当の神使ではなかったのだ……」
「ええ。知っていますとも。あなた様が神使ではないことは、最初から存じておりました。ですが、そんなことは私には大した問題ではありません。私には、あなた様という存在が必要だったのだから」
 普段の毒を含んだ物言いに、サナキはかえって安心する。頬は紅く差し、安堵と喜びでサナキの体は満たされた。
「それでこそセフェラン、我が宰相じゃ!」
 サナキはセフェランの体に頬を寄せる。ここを共に突破し、マナイルに帰るのだ。主要な元老院議員は滅びた。これからは、二人で正しく民を導いて行くのだ。サナキはその青写真を胸に、十三の少女らしい笑みで家臣を見上げた。セフェランは穏やかに微笑み返す。
 
「サナキ皇帝」 
 しかし、その満たされた時間は、冷たい靴音に終わりを告げられた。幸せな時間を踏みにじられたようで、礼儀を露ほども知らぬ武骨な剣士をサナキは睨みつけた。
「ゼルギウス将軍の話でもしたらどうだ?」
 サナキの睨みも物ともせず、アイクは顎でセフェランを差す。無礼にもほどがある行為だったが、ゼルギウスという名が、サナキをまた別の感情を呼び起こした。
「ああ、そうじゃ。ゼルギウス。あの者、不逞にもデインの密偵であった。あの、漆黒の騎士だったのじゃ……!」
 もう一人の忠臣だったゼルギウスの裏切りを、サナキは憎しみと悲しみを込めてセフェランに告げる。あれだけ信を置き、中央軍司令官、それに伯爵号まで授けてやったのに。サナキはゼルギウスへの苦念を、その言にしたたかに込める。だが、先刻とは違い、セフェランは困ったような顔でサナキの話を聞いていた。
「どうしたのだ?ゼルギウスだぞ。お主に仕える振りをしておきながら、魂はデインにあったのだ!」
 それでもセフェランの表情は変わらない。むしろ、サナキにどう言おうか迷っているように視線を彷徨わせ始めた。
「セフェ……」
「皇帝、止めておけ」
 サナキの言葉を遮ったのは、またもやアイクの低い声と靴音だった。
 この男も無礼極まりないこと数回では済まされないのだが、今更そんなことを気にする暇もない。それに、制するアイクのこの先の言動に、嫌な予感がした。
「あんたの指示だろう?ゼルギウスを漆黒の騎士とさせ、デインに潜伏させていたのは」
 サナキは怪訝な顔をした。
 アイクの言葉は無論のこと、セフェランがなぜかほっとしたような顔になったからだ。ようやく話の通じる相手に出会った、とでも言いたげな。
「ええ、アシュナード王に取り立てられるのは簡単なことでしてね。あっさりと側近になれましたよ」
「ああ。ゼルギウスの剣なら申し分なかろう」
 二人の会話をよそに、サナキの心は晴れた。そうかゼルギウスはデインへ潜伏し、アシュナードの監視をしていた。それなら合点がいく。
 しかし、双方の会話が進むうちに、サナキは体の底が異様に冷えて行く感覚を覚えた。耳に届いている懐かしき家臣の声が、厚い膜に隔たれているようで、現実味を帯びない。いや、本当は聞きたくない、認めたくないのだ。

「メダリオンはそもそも、私がアシュナード王に与えた物でした。二十三年前、鷺の姫リーリアと共に」
 嘘だ……
 自らの声は、ルカンより、真の神使ではないと告げられるよりも、冷たく、静かに響いた。
「ふざけるな」
 野太い声をよそに、がくがくと、膝が震え出していた。この先を聞くの怖くて、セフェランの口を遮ろうかと、家臣の青白い唇をじっと見ていた。
 そもそも、彼は何者であろうか。そう言えば、彼の出自はまったくと言っていいほど知らない。それゆえに、ペルシス公爵の位を授かるのにも紛糾したのだと、彼の口から聞いていただけだ。
「私は至極まじめですよ、アイク殿。私は女神アスタルテにお目覚め頂き、女神の御手で裁いて欲しかった。それには、"約束を違える"必要がある。長い年月がかかってもいい。強い負の気が必要だった。そこに、野望に燃える王子が現れたのです―――」
 嘘だ。
 あのセフェランが、減らず口を叩いても、常に民を思い、平穏な世界を望み、優しかった育ての親が―――
「変革を求める王子は、私の要求にいとも簡単に応じてくれました。リーリアの命が絶えると、次は戦争を求めました。できれば"理由などあってはならない"戦争が欲しかった。そして彼は見事に成してくれたのです」
 その言葉は、クリミア人でなくとも胸を悪くするのに充分だった。
 セフェランは、クリミア復興を議会でいち早く取り上げ、渋る元老議員たちを精力的に説得し、普段なら愚鈍な議会を異例の早さでまとめ上げた人物でもあった。
 だが、それは全て彼の描いた設計図の一つにすぎなかった。強襲にて滅びた哀れな国を一時的に支援したのは、さらに巨大な戦いの影を落とす布石だったのだ。
「全てあんたが糸を引いていた訳だな」
 嘘だ。
 嘘……
「はい」
 がくり、と膝が大きく折れたが、サナキは床に崩れ落ちずに済んだ。
 力なく振り向くと、銀の髪がサナキの頬を撫でた。ユンヌではなかった。金の瞳は心弱くなったサナキでも、悲しみが浮かんでいるのが見える。だが、彼女は立っていられる。こうして、サナキを支えていられる。
「ならば、これ以上話すことはない」
 そのサナキの揺らぐ心を断ち切るように、金属音の滑る鋭い音が、サナキの意識を少しだけ地に近付けた。少なくとも、前を向ける援けにはなった。
「おれ達は、前に進むだけだ」
 銀の髪の巫女の手は、その間も、ずっとサナキの肩を支えていた。
 
 
五話


11/04/06   Back